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仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(う)110号 判決

控訴人 検察官 酒井忠之

被告人 菊池八右エ門

検察官 長井省吾

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

但し本裁判確定の日より弐年間右刑の執行を猶予する。

原審並に当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官長井省吾の陳述した控訴趣意は検察官検事斎藤吾郎作成名義の控訴趣意書の記載と同一であるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点、第二点について。

原判決が本件起訴状記載の業務上横領の公訴事実(予備的訴因背任)に対し平鹿郡大森町八沢木字大小屋四十番の内二十七所在原野二町八反一畝二十六歩は八沢木牧野改良組合の所有財産ではなく、所論六部落組合員に贈与されたものであつて被告人は右六部落組合員全体の利益を考慮しこれを売却処分したものであり、その売得金は右組合員各自に分配しているのであるから被告人には不法領得の意思を認めることはきでないし又背任の証拠もない旨判示して無罪の言渡をしたことは判文に徴し洵に所論のとおりである。

しかして右は原判決において採証につき経験則を無視若くは審理不尽に基き或は法律の解釈を誤つたため判決に影響を及ぼすこと明かな事実誤認の違法を冒した結果に基因するというのであるをもつて按ずるに当裁判所は本件の如く原審が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言渡した場合原判決破棄の事由ありと思料されるときは刑事訴訟法第四百条但書の趣旨は控訴審で新たな事実の取調をなさざるべからざるものと解すべく本件については当審においてその取調をなした結果これのみにても原判決に事実誤認の疑があることが窺知される。されば更に訴訟記録、原審裁判所で取調べた証拠と当審で取調べた証拠と相俟つて公訴事実につき検討するに後記自判の際挙示する措信する比足る各証拠を綜合すれば八沢木牧野改良組合は秋田県平鹿郡八沢木村当局(後に大森町に合併)が昭和二十九年頃より村の赤字財政を打開する方策として村有財産の整理に乗り出したため村有原野に採草地を保有する部落民がその利益を擁護することを主たる動機として昭和三十年二月頃被告人を組合長とし同村塚須沢、太田、坂の下、滝の沢、葛ケ沢、中房、滝の上、小山中の又、前田、上八沢木、元木、屋敷台、北野、山崎、十二の木、大平、木の根坂等十八部落の住民を構成員として発足したもので、当初は村有の原野を期限を定めて借受ける予定であつたところ、その後八沢木村が大森町と合併する気運に向い村当局としても赤字の解消と合併後の紛争を絶つ趣旨で入会地はこの際入会権者に夫々処分することに決しこれに伴い組合においても種々協議折衝を重ねた結果八沢木村有の八沢木字大小屋四十番所在原野四十二町歩及び同所上石高二十番所在原野十七町歩合計五十九町歩を代金二百九十万円で村より買取ることとなり、塚須沢、太田、坂の下の三部落を除いた前記十五部落住民のうち百六十四名を組合員として最終的に確定した上組合員一人当り金一万八千三百円を買収資金として出資することを決定し旦つ右原野を一号帳場より十六号帳場の十六地区に分割しそのうち二号乃至十六号の十五地区を部落単位で編成した十五班の組合員に右出資額を最低競売価格としてせり上げ競買せしめ同年七月三日前田小学校において開催された組合員全体協議会において右十五地区はそれぞれ全組合員に買取られ(組合書記土田淳吉にも一部贈与されている)残余の一号帳場である本件原野即ち八沢木字大小屋四十番の二七所在原野二町八反一畝二十六歩は将来牧道を造営する際の潰れ地の代替地に充当するため組合の予備地として、残されたもので右全体協議会においては右地区に近い山崎、北野、元木、前田、上八沢木、屋敷台の地元六部落が採草地を失う代償として同部落組合員のみならず非組合員に対しても右地区の入会権を確認されたが六部落組合員に贈与されたものではないこと。そして被告人は組合長として組合財産の管理保管の職責上便宜自己及び副組合長遠藤新太郎の共有名義をもつて本件原野の所有権移転登記手続を経由していたところその後一部組合員の希望を容れ正規の機関たる総会は勿論理事会の議に諮ることなく擅にこれを今野与四蔵に十六万円で売委せ、同人の斡旋により昭和三十一年一月八日頃同郡大森町字大森五十六番地吉田寅之助に代金二十五万円で売却した事実を肯認するに十分である。右と認定を異にして本件原野が原判示のとおり地元六部落組合員に贈与されたものとなす被告人並に証人遠藤新太郎、土田淳吉、葛岡寅吉、菊地泰治郎、菊地留吉、渡辺専八、佐藤定治の原審公判廷における各供述記載、及び当審証人土田淳吉、遠藤新太郎、葛岡寅吉、菊地泰治郎の各供述は前掲各証拠に対比しにわかに信を措き難いばかりでなく組合員全員の出資をえて買取つた本件原野を、たとえ入会権の問題があつたにせよ地元六部落組合員に無償で贈与するということの合理的な根拠は本件記録上これを発見しえないし又当審証人土田淳吉の供述により昭和三十年七月三日開催された組合員全体協議会の際のメモであることが明かな事務簿(証第三号)中の該当部分の記載には右大会において贈与が可決されたとなす被告人等の弁解にも拘らすかかる事柄は一言半句も記載されておらず、単に予備地が代替地であることを明記しておるに過ぎないのであつて、この点につき同証人は誤つて書落した旨供述するけれども、かかる重大な事項を一言半句の記載もなく書落すということは経験則に照らし到底首肯し難いことであるから、これらの点よりしてもその措信しえないことは明かである。被告人は原判決も説示するとおり本件原野の売得金十六万円を前記六部落組合員に分配していることは記録上これを認めうるのであるがこの事実は後記の如き情況下に行われたものであり且つ右は地元六部落に贈与のあつたことを裏付けるに足りないし又被告人は本件は本原野が六部落組合員に贈与されたものと信じたこと即ちこの点につき犯意を否定すべき事実の錯誤があつたことを証明するにも足りない。殊に平元亀之助、遠藤正吉、菊池鉄之助の司法警察員に対する各供述調書の記載によれば被告人は右原野を売却したことが組合員の間に知れて騒然として来たことに狼狽し急遽これを分配するに至つたもので、六部落組合員においても当初他の組合員より苦情の出ることを怖れて受領を拒むものもあつたが被告人が責任を持つということに説得されて已むなくこれを受取つたに過ぎない事実、原審証人菊池堅之助の供述記載により認めうる被告人は原審公判に出廷の同証人に偽証を勧誘している事実等に照らせば被告人の犯意は之を否定しえない。他に前記認定を覆すに足る証拠はない。してみれば被告人の本件所為が業務上横領罪を構成することは明瞭であるといわなければならない。そして横領罪における不法領得の意思は他人のものの占有者が委任の趣旨に違背しその物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうのであつて必ずしも自己において利益取得を意図することを必要とするものではないのであるから売得金を分配した被告人の行為が本件横領罪の成否に何等消長を及ぼすものでないことはいうまでもない。しかるに原判決がこれと異る見解に立脚し本件業務上横領の公訴事実につき犯罪の証明なしとしたのは畢竟経験則並に採証の法則に違背して証拠の価値判断を誤り措信しえない証拠をたやすく措信した結果事実を誤認するに至つたものというべくその誤は判決に影響を及ぼすこと勿論であるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項により原判決を破棄し同法第四百条但書により改めて次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は秋田県平鹿郡八沢木牧野改良組合の組合長であるが同組合は同郡旧八沢木村(後に大森町と合併)村有の同郡大森町八沢木字大小屋四十番所在原野四十二町歩及び同町八沢木字上石高二十番所在原野十七町歩を旧八沢木村より金二百九十万円で買受けこれを十六地区に分割してそのうち十五地区を昭和三十年十二月下旬頃までの間に組合員百六十四名にそれぞれ所有権移転登記手続を完了したが残りの一地区である同郡大森町八沢木字大小屋四十番のうち二七所在原野二町八反一畝二十六歩は将来牧道を造営する際潰れ地の代替地に充当するため組合の予備地として残存せしめ被告人は組合財産の管理保管の職責上便宜これを自己及び副組合長遠藤新太郎両名の共有名義として所有権移転登記手続を経由し組合のため保管中一部組合員の希望を容れて軽卒にもこれを擅に今野与四蔵に金十六万円で売委せ同人の斡旋により昭和三十一年一月八日頃同郡大森町字大森五十六番地吉田寅之助方において同人に対し金二十五万円で売却し以て横領したものである。

(証拠の標目)

判示事実は

一、原審証人菊池堅之助、同菊池薫一郎の各供述記載

一、遠藤新太郎、佐藤定治の検察官に対する各供述調書

一、若松其久男、土田淳吉、今野与四蔵、加藤忠一郎、渡辺重治郎、平元亀之助、遠藤正吉、柴田久佐松、菊池鉄之助、岡部多惣治、菊池岩治の司法警察員に対する各供述調書

一、被告人の司法警察員に対する昭和三十一年三月二十六日附供述調書及び検察官に対する供述調書

一、証人平元亀之助、同菊池堅之助の当審公判廷における各供述

一、押収に係る八沢木牧野改良組合規約一通(証第一号)今野与国蔵より吉田寅之助宛の手紙一通(証第二号)事務簿一冊(証第三号)組合員台帳(証第四号)「牧野改良組合組合員全体協議会開催について」と題する書面一通(証第六号)の各記載

を綜合してこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二百五十三条に該当するので所定刑期範囲内において被告人を懲役六月に処すべきとろ犯情刑の執行を猶予するを相当と認めるので同法第二十五条第一項により本裁判確定の日より弐年間右刑の執行を猶予すべく原審並に当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人の負担たるべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 小田倉勝衛 裁判官 三浦克己)

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